殻、笛吹和義(SKET DANCE)

笛吹和義(スイッチ)

 開盟学園・学園生活支援部として活動するスケット団三人のなかで、際立ってキャラ立ちする男。笛吹和義はスイッチと呼ばれ、端正な顔立ちながら感情を表に出さず、声も出さない。コミュニケーションを常に手元にあるパソコンから発せられる音声合成ソフトによる音声やメールで行う変わり者。そのパソコンや機械に強い知性派な一面、それらを駆使した情報収集能力と、なんのために開発したかわからないとんでもガジェットで場を荒らしたり、どっぷりと浸かっているオタク知識も相まって、スケットダンスの世界を自由にのびのびと、時には依頼よりアニメ観賞を優先しながら気ままに生きている。
 と思いきや、これがスケットダンスの世界の中で屈指の激重な過去を持つ男なのでした。


スイッチ・オフ

 〝スイッチ〟と呼ばれる少年は中学生、開盟学園に通い始めた兄と兄弟仲良く暮らしていました。スイッチと兄と、兄の幼馴染の女の子との三人は仲がよく、一人だけ年の違うスイッチ少年も一緒になって遊ぶ平穏な日々。しかし実はスイッチの優秀さから兄は引け目を感じ、幼馴染への恋慕もともなって、スイッチのことを少し疎ましくも感じていました。そこに魔の手が迫る。
 ストーカーに悩まされている、と幼馴染は友達と帰るようになっていました。兄は警察に行こうといいますが、スイッチは警察は現状役に立たないから防犯グッズを買いに行った方がいい、と三人で出掛けようとしますが、兄は二人でいけばいいと幼稚にも反発してしまいます。
 一人になった兄。そこに訪ねてきた女の子。兄は幼馴染を心配して一緒に帰ってくれていた彼女にスイッチと幼馴染が二人で買い物に出掛けている、二人は付き合っているんだと、教えます。
 しかし実は凶暴だったのはその女でした。
 幼馴染の女の子のせいで元カレにフラれ、凶悪にもナイフを持ち、近づいてきたその女は兄の言葉通りの場所に向かい、二人に襲い掛かります。そして女の子をかばったスイッチはナイフで刺され死んでしまいます。
 兄は急いで現場に駆け付けるも無力。
 自分のせいで死んでしまった弟。
 〝何故オレが生きている――〟と恐ろしい罪を背負った兄は、髪を短く切り、伊達メガネを付け、弟を模しながら、学校では〝オレの事はスイッチと呼んでくれ〟とどこまでも弟だった〝笛吹正文〟を写して生きようとしました。しかしその無理も長くは続きませんでした。スイッチの死から立ち直ることもできず幼馴染は引っ越していき、笛吹和義は一人引きこもり、喋ることをやめました。

 これがコミックス5巻での話。連載一年ちょっとというところで、作者様曰く、
 〝批判は覚悟の上で描きました〟とのこと。
 自分が生み出したキャラクターの〝彼は何故喋らないのか〟という問いから逃げずに正面から向き合う……
 しかしスイッチ。
 誰にもわかってもらえない〝罪〟の話だ。実際にはないのかもしれない。だから〝罰〟がやってきてくれないのか。でも確かに〝罪〟はここにあるんだ。他の人にないのだから、これは一人で抱き続けなければならないものなんだ。罰はこない。終わりもない。
 しかして、そこから数年時を経て、コミックス27、28巻にて、引きこもってしまった笛吹和義ことスイッチとボッスンの出会いが描かれる。


スイッチ・オン

 引きこもり生活を続けながら、インターネットの世界に入り浸るスイッチ。趣味のオタク世界、お笑いや科学の情報を収集しつつ、アバターを使ったSNSでは軽快に話せながらも、実生活では部屋から出ずに言葉も発さない日々。そこにアバターで現れたのがボッスンでした。
 依頼を受け学園裏サイトの撲滅のために動いているというボッスンの相談に乗り、会話を重ねるスイッチ。学園裏サイトでは悪人生徒同士を無理やり引っぱり出して殴り合わせた映像を公開、負けるか逃げるかは個人情報をネットに晒される、というコンテンツに怒るボッスンと、
「オレは滅べばいいと思ってる
 悪は全て」
 と話すスイッチ。そして〝罪〟を抱える自分にこそ〝罰〟が相応しいのだとスイッチは話すも、熱心に自分に語り掛けるボッスンからは肝心なところで逃げだしてしまう。引きこもったまま歪んでいっている自分を止めることもできず、とうとうボッスンとヒメコは依頼の核心に迫り、管理人にいきついてしまう。
 学園裏サイトの管理人、それがスイッチでした。アニメやお笑い、科学世界とともになんとなく調べてしまう学園のこと。しかし歪んだ形で関わりながら、心配してくれるボッスンの「外に出ろ、笛吹‼」という言葉にも、
「オレだけが学園生活を楽しめとでも?」
 と弟の事での罪から逃れられないスイッチ。

 裏サイトは閉鎖されたものの、管理人が誰だったかを知ったサイト被害者からスイッチの元に電話が入り、今から襲撃に向かう、と話し出す。スイッチは動揺しながらもその電話口に現れる別の声を聞いた。〝止めに来た〟〝体を張る〟という声。電話は切られ、いてもたってもいられない様子ながら、引きこもりのスイッチは一歩も動けず、ただ成行きの中でじっとするだけでした。
 時間が経ち、スイッチ宅に現れるボッスンとヒメコ。ボロボロになったボッスンをパソコンにつないだインターフォンカメラ越しに見て、自分のために何が起きたのかを察したスイッチ。言葉通り体を張って、傷を負って止めてくれたのだ。部屋の前まできたボッスンが扉越しに語り掛ける。
 答えの出ない問題を一人で抱えて、周りが優しさから触れないように放棄してきた結果、歪んでしまって終わりもない生活だ。「だからオレはお前を外に出すと決めた!」と話し続けるボッスンに音声合成ソフトを使ったパソコンで話し出すスイッチ。
 弟の未来ばかり想い、それを奪ってしまった自分の罪に逃げ、自分の世界を閉ざすという罰に生きる。しかしそんなスイッチにボッスンは未来を想像させようとする。スケット団への勧誘だった。そもそもデスファイトには弱い人の味方となる主旨を感じ、人を助けることに向いている、それぞれの特技を活かせばどんなことだって解決できる、と話すボッスン。しかしスイッチはまだ
「未来は想像できない
 しちゃいけないんだ」
 ボッスンは諦めない。しかしスイッチは
「時々弟が夢に出てきて言うんだ
 「あんちゃん外に出ろ」って
 でも…
 ムリなんだ…
 ズキズキ胸が痛むんだ」と話す。
 ボッスンは、諦めない。


一点突破

 ベランダ側のガラス扉がぶち破られ、ボッスンが突入する。
 スイッチにとって自分を守るための壁が破壊されてしまう。
 それを納得させるだけの行動をボッスンがとってきたからだ。
 ボッスンはスイッチに
 「一発我慢しろ」といい、思いきりぶん殴る。
 「文句あるか!」と言い放つボッスンに、つかみかかるスイッチ。
 殴り合う二人。

 と過去話はもう少し続きますが、スイッチに入り込みすぎて枯れるんじゃないかと思った。想像世界でしかないけれど。
 失くしてしまった悲しみ以外の感情を少しでも取り戻し、このボッスンとのやり取りが学校に戻るきっかけとなってくれました。とりあえずのめでたしめでたし。

想像世界
 閉じこもった世界にはそれなりの正当性があって、誰にも見えない罪を自分だけが抱えるには都合がよかった。それが自分を責めることにしかならなくて自分を歪ませることになったとしても。自分の正義感や自分の声からは逃げられないから、追い込むことと追い込まれることを同時に感じてはいるけど、それはただの成行きのようなもの。しかしこれは罰と呼ばれるような明確なモノでものないから終わりもない。自分の未来を閉ざすことで時間まで止まった気がして、いつまでも自分の罪を忘れないでいれば、贖罪としてそれがいつか罰と呼ばれるものになるかも、と甘く考えたかもしれない。でもいずれにせよ、もう身動きが取れないくらいくらいにがちがちに、閉じこもるための理論武装を自分で固めてた。それにもう抗うだけの力が湧かなくて、弟を失ってしまった悲しみが、力が湧くって機能自体を奪ってしまったみたい。苦しみは永遠に続く。永遠に苦しい世界に未来何てありはしない。
 現れたのがボッスンだ。ボッスンがしたことといえば、より追い込むことだ。外に出るべきだなんて当然で、できっこないのがわかってる。空っぽのチューブをねじるように、力の湧かない心をねじられるようだ。追い込まれる、追いつめられる。ボッスンは一貫してそれを止めない。何が正しいかはわからないけれど、一貫して近づこうとしてくるボッスンに、実際は勝手に追い込まれているだけの自分だ。やめてほしいと思ってる。やめてほしいと思い続けていたい。この苦しさが続いていてほしい。もう自分のアイデンティティには苦しみしか残っていない。
 そう思う自分がおこなってしまうもの。オタク世界やその他の情報、学園、正義と悪。自分が考えるきっかけは全部ボッスンだった。端の端まで追い込まれて、それでもそこにボッスンがいた。色んな理論武装もぶっ壊しながら近づいて、殴りかかるボッスンがいる。殴られる痛み。心の苦しみと取って代わるように体の痛みに襲われる。しかしなぜだか体の痛みは心地いいんだ。殴ったときの手の痛みも心地いい。それを受けてくれるボッスンがいる。ボッスンは未来まで提示した。自分の事は信じられなくても、ボッスンは揺るがないんだと信じることができるかもしれない。それだけのことをしてくれてた。ずっとずっと。体を張って。

 ボッスンは手段や方法よりも、揺るがない思い遣りと行動で示し、それが信頼を寄せる。
 これを作者様は「まったり学園コメディ」と呼ぶセンス。(いい意味で)。


余談

 スイッチ・オフの制作ノート
「ごめんよスイッチ。胸が痛かったよ。
 後は頼んだぞ、ボッスン」
 この心の動きとボッスンへの信頼感がたまらん。
 もうむしろ実際の悩みを集めて、ボッスンが解決していく、カウンセリング漫画でも描いてほしい。と思ったらSKET DANCE自体そういう役割をこなしていたことがあった。(読者からの感謝の手紙なんかがいっぱい届いている)
 いい漫画。

おわり

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