コンフュージョン、鬼塚一愛(SKET DANCE)

鬼塚一愛(おにつか ひめ)

 開盟学園・学園生活支援部(スケット団)における紅一点、関西弁でしゃべくる彼女は名前・一愛(ひめ)から〝ヒメコ〟と呼ばれています。女子でありながらも元伝説の不良、その腕っぷしからスケット団で唯一の武闘派であり、ボッスン曰く「体張るのはヒメコだけ」、と一話目からスケット団三人の変わってるけど巧みなバランス感が見られます。そして関西弁のテンポの良さがまたスケットダンスの面白さに拍車をかけ、話が流れていく際にも重要なキャラクタ―。
 そのキャラクター性、魅力は一話から、
 偵察のため、ちょび髭を付けアフロのかつらをかぶり草陰に潜むボッスンの頭に、突如火のついたマッチを落とすヒメコ。頭から火の手が上がり叫ぶボッスン、地面にアフロを叩きつけ消火し、
「ふざけてんじゃねんだよ!!
 コレは草影に隠れるためのカモフラージュなんだぞ」
 というと、ヒメコは
「草に見えへんちゅーねん
 ただのチリ毛のおっさんやないか
 くさっ!
 なんかコゲてくっさいわ
 イヤな気分になる」
「おめーが燃やしたんだよ‼」
 とこの会話をさして大きくもない一コマに収めるという。ヒメコとボッスンの会話のテンポの良さがあって気付かないですが、画よりも文字の方が幅をきかせている。それでいてシーンが画と音で伝わってくる不思議。漫画ってすごい。
 しゃべり倒しまくるヒメコは、しかし実際にはめっちゃ女子で、普通に緊張したり、かいがいしくボッスンの世話を焼いたり、料理得意だったりとボッスンから関西人のおかんのように扱われながら、秘めた想いがあったり……
 と女子女子しています。そんなヒメコがなぜに武闘派、体を張ることになったか、そしてそもそもどうして伝説の不良になってしまったかというと、スケットダンス特有の重苦しい過去に。


ヒメコ 14歳 夏(第57話~第62話)

 大阪で暮らしていたヒメコは、中学の頃から曲がったことが嫌い。男子のいじめっ子を退治したりしながら、たまたま始めていたフィールドホッケーとともに青春を謳歌していました。しかしオトンの仕事の都合で東京の女子中に引っ越すことに。そこでホッケー部に入り、少しずつ少しずつ東京にも学校にも馴染んできたヒメコですが、そこで悲劇がおきます。
 学校生活を楽しむきっかけになってくれた一人の女子が、不良達に絡まれお金を取られている。それに気付いてしまったヒメコは元来の正義感から見過ごせません。当の女子にも頼られ現場に行き、〝不良に気が済むまで自分を殴らせ、それで関係を解消してもらう〟という手段にでます。なんと不器用な……どれだけ殴られようと、友達を助けるためにと立ち上がりますが、その最中に気付いてしまいます。自分は友達と不良の関係性を勘違いしている?
 実は当の女子がお金を払って不良を従えていた。
 助けてと言っておきながら、ヒメコが殴られる様子を冷静に眺め続けた彼女。ヒメコのことを優越感に浸りたいだけのふざけたやつだとしか思わない彼女。金を払って不良の背中で暮らす彼女は、過去にいじめを受けてどうしようもなくなってしまった女の子でした。
 しかしいっぱいいっぱいになってしまったヒメコは湧いてしまう悪感情を持て余し、ホッケーのスティックを握ってしまう。へらへらと笑い立つ不良達をねじ伏せ、叩き伏せていく中で、力に溺れていく快感に酔い、それはまるで〝鬼〟のよう。
 この話が一気に広がり、学校からは孤立。通う中学の不良女を倒したことで、町では男女問わず喧嘩を売られまくり、それらを全てねじ伏せていく。そしていつの間にか〝鬼姫(おにひめ)〟という名を付けられ、伝説となりました。


高橋さん、ボッスンとの出会い

 そんなヒメコは〝鬼姫〟を知らない遠くの高校に進学した。噂は届いていた、けど顔はバレていない。誰とも関わらず三年間をやり過ごそう、と考えるヒメコでした。
 しかしそうはさせない学級委員の高橋さん。ヒメコの身体能力に気付き部活に誘う、熱心なソフトボール部次期キャプテンでもある高橋さん。この人の熱意の大元も気になるものですが、すごくいい人であきらめません。ヒメコも頑固に跳ね除け続け〝一人になりたい〟という思いが消えることはありません。そこで登場するのがボッスンでした。
 ヒメコの持つマイナーなアニメのグッズを見て話しかけるボッスン。突き放されて涙を溢れさせてしまうボッスン。そのツッコミどころの多さに、反射的につっこんでしまう大阪人ヒメコ。そのポップな状況に気付いて高橋さんも加わる。逃げ回りながらも三人でいる時間が増えていく。そんな矢先にまた事件が起きる。

 部活に熱心な高橋さんの個人練習中に放ったボールが、悪党の車に傷をつけたと脅されてしまう。不良をよく知るヒメコは一人で謝罪しに行くという高橋さんを止めるが、責任感の強い高橋さんは止まらない。ボッスンはそれを立ち聞きしてしまい、ヒメコに高橋さんを助けにいこうと誘うもヒメコは拒否します。それは、〝友達〟というものは裏切るものだから。そしてヒメコ自身の過去をボッスンに語ります。


一点突破

 ボッスンはヒメコが傷ついたことには共感しつつも、自ら不幸な立場に居続けようとするヒメコに激しく詰め寄ります。この時ボッスンはヒメコの頑なな心に正面からぶつかり、最後に言い切った、
「オレは友達は ぜってえ裏切らねえ‼絶対にだ‼‼」
 という言葉の説得力にヒメコは少なからず救われます。ヒメコはボッスンを危険に巻き込まないよう嘘の場所を伝え、高橋さんを一人で助けにいく。
 このやり取り。
 この二人のやり取りの中でヒメコは、〝鬼姫〟だったことを意図的に隠す自分に気付いてしまいました。それはなぜなら、自分が凶暴な〝鬼姫〟だったと知られれば、ボッスンも高橋さんも自分の元から去ってしまうと恐れたからでした。一人になりたいと願っていたのに。結局、失いたくないという思い、裏切られる恐怖からつながりを持とうとしなかっただけだったと気付いてしまった。
 そのあと悪党の元に向かうも窮地に立たされ、そこを救ったのもボッスンでした。嘘の場所で右往左往しながらも、得意の推理力で本当の場所を割り出し窮地に登場したボッスンの前で、ヒメコは自身をさらし、〝鬼姫〟として振るっていた力の限りで悪党を撃退する。
 同じことの繰り返し、ボッスンと高橋さんに恐怖を植え付けたと思ったヒメコは去ろうとしますが、それを許さないボッスンと高橋さんです。その後の三人のやり取りも(私の)頑なな心には刺さる刺さる……
 そしてこれがボッスンのスケット団結成の第一歩となるのでした。

 この話を読むとコンフュージョン(confusion)という単語が頭に浮かぶ。辞書を見ると錯乱とか、混乱とか。ヒメコの抱えた苦悩は、そのまま心の傷となって、無感情になってしまった生活。そして無闇に暴力を振るいながら、そこでもまた相手を傷つけていくことにすら傷ついてしまうヒメコの本当の感情。そんな錯乱状態な無感情な生活においては、またボッスンが混乱の種になって……なんとなくマイナスにマイナスをかけたような、コンフュージョンにコンフュージョンをかけてやっと帰ってこられたヒメコっという感じがしてとても複雑に、そして何よりそんな人間にも言葉を届けられる真正面男のボッスンがすごいなと思う。
 鬼と恐れられた少女が救われる、いい話でした。


余談

 この過去話の最後にヒメコは自分を裏切った女の子と再会します。その少女もまた過ちに気付き、何度もヒメコの近くまで足を運んでは逃げる日々だったようです。
 ヒメコとのことを機に不良とは縁を切ったことを話し、涙を流しながら謝りました。
 ヒメコはそれにどれほどの勇気が必要かと慮り、笑顔で許してあげます。
 作者様の制作コメントで、
 〝蛇足かもしれないと思いながらも描かずにはおれませんでした〟と。
 話を作るうえで悪党が出てくることはありますが、作者としての責任で、心疲れて悪党になってしまった少女のための救いのシーンです。優しい。
 ヒメコの気高さを伝えるいいシーンでありながら、何より暴力の生活に入るきっかけとなった〝後悔だけの話〟とも思えそうな出来事を、そのことで考え直した少女がいたと知ることで、ヒメコが過去を少しでもいいふうに考えられたらいいなと思う。

おわり

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